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タイトル: Tsunami Sources in the Sanriku Region in 1979 and 1981, Northeastern Japan : Seismic Gap off Miyagi
その他のタイトル: 1979年岩手・1981年宮城沖津波の波源 : 宮城沖の地震空白域
著者: Hatori, Tokutaro
著者(別言語): 羽鳥, 徳太郎
発行日: 1982年3月31日
出版者: 東京大学地震研究所
掲載誌情報: 東京大学地震研究所彙報. 第56冊第4号, 1982.3.31, pp. 629-640
抄録: Two small tsunamis generated far off Iwate on Feb. 20,1979 and off Miyagi on Jan. 19, 1981 are investigated, by using the tide-gauge records. From the amplitude-distance diagram, the magnitude (Imamura-Iida scale: m) of the 1979 and 1981 tsunamis are determined to be m = -0.5 and 0, respectively. The source area of the 1979 Iwateoki tsunami was located near the Japan Trench and the length was 50 km. The source area of the 1981 tsunami lay on the east side of the 1978 Miyagi-oki tsunami (m=0.5) and the length was 60 km in an east-west direction. These source dimensions are nearly standard for earthquakes of magnitude (M 6.5-7.0). In the space distribution of tsunami sources during the past 85 years (1897-1981), a remarkable seismic gap can be seen in a segment of 150-200 km along the trench far off Miyagi. In the southern Sanriku region, no event has occurred for at least 85 years since the earthquake of Aug. 5,1897 (M=7.7). This 1897 tsunami (m=2) caused much damage to houses with waves 2-3 meters high. A segment of 200 km far off Miyagi should be considered as an area of relatively high tsunami risk.
1978年宮城県沖地震後,この3年間に岩手と宮城県沖に2個の小津波が発生し,本所の江ノ島津波観測所をはじめ沿岸各地の検潮所で観測された.津波の概況は次の通りである.1)1979年2月20日の岩手沖津波岩手県はるか沖合の海溝付近の地震(M=6.5)に伴った津波である.岩手・宮城沿岸で全振幅10~20cm,周期5~8分の波が記録された.筆者の方法によれば,津波の規模(今村・飯田スケール,m)はm=-0.5と判定される.津波の逆伝播図から,推定波源域の長さは50km,面積1.6×103km2であった.2)1981年1月19日の宮城沖津波1978年宮城県沖地震より沖合におきた地震(M=7.0)によるもので,宮城・岩手沿岸で津波の全振幅20~30cm,周期は10分前後であった.津波の規模はm=Oと格付けされ,1978年津波(m=0.5)のエネルギーの約1/2である.推定波源域は東西方向に伸び,長さ60km,面積にして1.9×103km2である.両波源域ともほぼ余震域と合致しており,津波初動がいずれもみな押し波で記録され,その振幅の大きさから,波源域の海底が10数cm隆起したことを考えさせる.また,地震規模に比べ,1979年津波の規模はやや大きく,1981年津波は標準的であったといえる.これらの津波データを加え,最近85年間における三陸沖の波源域分布をみると,宮城県はるか沖合の海溝ぞい150kmの区間が地震の空白域として,目立ってきた.この海域は1897年8月に,中規模の津波(m=2)がおきたところである.この津波は,宮城県桃生・牡鹿郡の沿岸に2~3mの波高を記録し,200戸ほどに浸水被害を与えた.それからすでに85年が経過し,1897年津波の発生域が,その周辺の津波活動からみて,再発の可能性の高い海域と考えられる.
URI: http://hdl.handle.net/2261/12823
ISSN: 00408972
出現カテゴリ:東京大学地震研究所彙報
東京大学地震研究所彙報

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