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タイトル: 2. Westward Movement of the Seismic Activity Associated with the Earthquake of July 23, 1982 off Ibaraki Prefecture, Northeastern Honshu, Japan
その他のタイトル: 2. 1982年7月23日茨城県沖地震にともなう地震活動の西方移動について
著者: Mizoue, Megumi
Nakamura, Isao
Chiba, Heihachiro
Yoshida, Mitsuru
Hagiwara, Hiroko
Yokota, Takashi
著者(別言語): 溝上, 恵
中村, 功
千葉, 平八郎
吉田, 満
萩原, 弘子
横田, 崇
発行日: 1983年7月28日
出版者: 東京大学地震研究所
掲載誌情報: 東京大学地震研究所彙報. 第58冊第1号, 1983.7.28, pp. 25-63
抄録: The earthquake of July 23, 1982(M7.0) off Ibaraki Prefecture, Northeastern Honshu was accompanied by remarkable foreshock and aftershock activities after the quiet period of seismicity for about 16.5years since 1966. Three earthquake provinces were specified in the trench side, the transitional and the coastal zones through a systematic westward movement of the aftershock activity. In the earlier stage of the movement, a seismic activity of a shallow focal depth of less than 30km took place in the trench side province including major quakes of M5.9~6.2. An aseismic area of 30~40km in length, a possible locked portion on the plate boundary, separated the trench side province from the transitional one, where both shallow and the pronounced double-planed deeper origin earthquakes were observed. In the succeeding stage of the westward movement, the seismic activity in the coastal province seemed to be slightly strengthened on the double-planed seismic zone. A penetration of seismic activity as deep as 60~80km in the east coast of Ibaraki Prefecture was observed coupled with the occurrence of the earthquake of February 27, 1983(M6.0) in the south of Ibaraki Prefecture. It can be suggested from these evidences that the westward movement of the aftershock activity were closely related to regional effects of the subduction of the Pacific plate off and in the coast of and in the southern part of Ibaraki Prefecture.
1982年7月23日23時23分に発生した茨城県沖地震(M7.0)は顕著な前震および余震活動をともなった.この活動は1966年以来の約16.5年にわたる静穏期にひきつづいて発生した.関東地方における微小地震観測網によりとらえたこの活動の特徴は次のようである.i)海溝寄りから茨城県沿岸部にかけて余震活動がひろがったが,この余震活動の時空間分布から余震域を3つの地震区A),B)およびC)に分けることができる,余震活動はこれらの地震区を束から西へと移動した.ii)余震活動の初期には東側,海溝寄りの地震区A)でM5.9~6.2を含む余震が発生しそれらの震源の深さは大部分のものが30km以浅であった.本震はこの海溝寄りの地震区の東端に位置し震源の深さは約15kmと推定される.iii)海溝寄りの地震区A)はその西隣りの地震区B)と長さ30~40kmの低地震活動域により分離されている.この低地震活動域は断層面の摩擦の大きい部分に対応する可能性がある.地震区B)ではM5.4~5.8を含む余震が発生し,それらの震源の深さは30km以浅のものとより深いものとがある.後者は沈みこむ太平洋プレートに対応する2層構造の震源に属する.iv)余震活動の終期には茨城県東岸での活動の高まりが見られその震源の深さは60~80kmであり2層構造の上面の地震活動の活発化を示唆する.v)1983年2月27日,茨城県南部の地震(M6.0)は上記の経過からみてこの茨城県沖地震と連鎖して発生した可能性が高い.茨城県沖地震(1982年7月23日,M7.0)およびその余震活動が太平洋プレートとユーラシア・プレートとの相互作用によるものと考えられるが,この茨城県南部の地震は太平洋プレートとフィリピソ海プレートとの相互作用によるものと考えられる.vi)以上から今回の茨城県沖地震にともなう余震活動の西方移動は3つのプレート間の相互作用を反映した一連の現象であると推察される.
URI: http://hdl.handle.net/2261/12867
ISSN: 00408972
出現カテゴリ:東京大学地震研究所彙報
東京大学地震研究所彙報

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