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タイトル: 国際金融・資本市場の三極構造(日本・イギリス・アメリカ) : 1990年代の変容
その他のタイトル: Tripolar Structure of the International Banking and Financial Markets : Transformation in the 1990s
著者: 大森, 拓磨
平野, 裕三
柴田, 徳太郎
著者(別言語): Omori, Takuma
Hirano, Yuzo
Shibata, Tokutaro
発行日: 2003年8月
出版者: 日本経済国際共同センター
抄録: 本論は、1980年代末に確立した国際金融・資本市場の三極構造について、1990年代を通じてどう変質したのかを分析している。1990年代、国際金融市場は伸び悩み、国際資本市場は拡大し、共に4点の変化が見られた。前者は、①途上国向けの融資が停滞し先進諸国向けの融資が拡大した。②対外銀行資産残高における日本の銀行のシェアが低下した。③国際銀行資産の国籍別構成で日独の地位が逆転した。④国際銀行資産の通貨別構成で円のシェアが落ちユーロのシェアが増えた。後者は、①金融の証券化の進展で国際証券の発行が増えた。②途上国の資金調達がアジア危機まで増えた。③国際債券・ノート発行残高の国別シェアで米独が伸び日本が落ちた。④国際債券でドル建て・ユーロ建ての比率が伸び、円建てのシェアが落ちた。国際金融・資本取引における東京市場の後退は、バブル経済の崩壊による不良債権の増加とBISの自己資本比率規制が影響した。日本の銀行は、外貨建ての対外資産が拡大し対外負債が縮小した。バブル期には対外証券投資で流れたジャパンマネーの大半が日本企業のユーロ債の発行などで本国に帰還したが、1990年代、この帰還は減り、欧米アジアへの証券投資が増えた。結局、資金の出し手・金融仲介者・資金の取り手としての日本の地位は後退し、東京市場・邦銀の国際銀行業務、国際通貨としての円の役割がそれぞれ低下した。ロンドン国際金融・資本市場は、資金の取り手としての日本が凋落する中で、スイス・オフショアセンター・石油輸出国などから取り入れたユーロ資金を米独など先進諸国に貸付・投資する主要経路として、国際的な金融仲介の役割を引き続き果たした。ニューヨーク国際金融・資本市場は、国際取引・決済・準備通貨としてのドルの地位回復、純債務ポジションの拡大に伴い、世界最大の国際的な金融仲介・資金運用の場と化した。資金の取り手・金融仲介者としてのアメリカの役割は肥大化したが、アメリカのバブル経済の崩壊でその役割は不安定になりつつある。
URI: http://hdl.handle.net/2261/2776
その他の識別子: 2003-CJ-96
出現カテゴリ:061 ディスカッションペーパー
Discussion Paper J series (in Japanese)

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