UTokyo Repository 東京大学
 

UTokyo Repository >
114 人文社会系研究科・文学部 >
90 フィレンツェ教育研究センター >
Cultura Italo-Giapponese : Annali del Centro Studi e Ricerche dell'Università di Tokyo in Firenze >

このページ(論文)をリンクする場合は次のURLを使用してください: http://hdl.handle.net/2261/5063

タイトル: «LA TERZA RIVA DI OGNI FIUME» APPUNTI PER UNA IPOTESI AUTONOMISTICA DELLA SCRITTURA : EMILIO VILLA E YOSHIMASU GÔZÔ
その他のタイトル: 「第三の河岸」エクリチュールに関する自立的仮説のためのメモ : エミリオ・ヴイッラと吉増刷造について
著者: Marco, Mazzi
著者(別言語): マルコ, マッツィ
発行日: 2005年12月
出版者: 東京大学フィレンツェ教育研究センター
掲載誌情報: Cultura Italo-Giapponese, 2, 2005.12, pp. 41-74
抄録: フロイトの唱えた「夢の解釈」の再考から出発する。夢とは元来触発されるのではなく、それそのものとして肉体のなかにあり、「痕跡」として抽出される。詩の自立という観点から、言葉もまた夢と同じく肉体に発端がある。いいかえれば肉体の自己防衛本能として言葉は機能する。詩人エミリオ・ヴィッラが現代美術について論じたのも、ひとえに始原への回帰をめざしたからにほかならない。同時に、彼は、聖書へ、音と意味の分岐していない状態へと言葉を引き戻すことをねらった。エクリチュールの自立は、「~についての考察」といったような概念との離別によって確立する。また詩人一言増則造は、写真や映像へと越境する。各々のレベルでしかとらえられない現実の側面を切り取っていくためである。言増の最近の詩篇には、こうしたヴィジョンのフィードバックがみられる。このようにして、ものがもの自体でしかない、それそのものでしかない「第三の河岸」の状態を映し出していくのである。
URI: http://hdl.handle.net/2261/5063
出現カテゴリ:Cultura Italo-Giapponese : Annali del Centro Studi e Ricerche dell'Università di Tokyo in Firenze
Cultura Italo-Giapponese : Annali del Centro Studi e Ricerche dell'Università di Tokyo in Firenze

この論文のファイル:

ファイル 記述 サイズフォーマット
cg002004.pdf2.08 MBAdobe PDF見る/開く

本リポジトリに保管されているアイテムはすべて著作権により保護されています。

 

Valid XHTML 1.0! DSpace Software Copyright © 2002-2010  Duraspace - ご意見をお寄せください