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タイトル: The Most Reactionary Loyalist? Jonathan Boucher in Revolutionary Chesapeake
著者: Yajima, Hiroki
著者(別言語): 矢島, 宏紀
発行日: 2012年3月
出版者: 東京大学大学院総合文化研究科附属グローバル地域研究機構アメリカ太平洋地域研究センター
掲載誌情報: アメリカ太平洋研究. vol.12, 2012.3, pp. 114-131
抄録: ジョナサン・バウチャーはアメリカ独立革命史において最も保守的で反動的なロイヤリストとされてきた。しかし1970年代に入ると、バウチャーは決して反動的ではなく本国と植民地の既存関係維持を訴える「国制擁護保守」であったとする研究が現れ、バウチャー評価は修正された。では、なぜバウチャーは最終的にロイヤリストとなったのか?本稿は、彼の公定教会聖職者としての矜恃と一本気な性格が愛国派の圧力を受けて強固なロイヤリズムへと結晶化したことを論証する。第一節では、イングランドで生まれたバウチャーが教師としてヴァジニアに渡り、当地で公定教会の聖職者として身を立てる過程を扱う。彼は聖職および地元名士の子弟の教育を通じて、チェサピーク社会の支配層と深い親交を結んだ。この点で彼は後に愛国派となる周囲の人々に寄り添っていたが、同時に公定教会聖職者としての強固な自覚が芽生えていた。第二節では、バウチャーのロイヤリズムが公定教会体制の擁護を通じて形成されたことを示す。サミュエル・チェイスら愛国派は詭弁を弄してまで公定教会という既存秩序を攻撃したのに対し、バウチャーは理路整然と反駁してみせた。この点でバウチャーは決して反動的ではなかった。しかし、アメリカに主教を導入する計画を推進した点でバウチャーは聖職者や世俗最上層の中でも孤立しており、ここにロイヤリズムと親和性の高い権威主義的傾向が認められる。第三節では、独立直前期において愛国派からの圧力が強まる中、バウチャーが本国権威への絶対服従を説いたことが示される。愛国派から暴力的対応を受けたバウチャーは、その直情な気性もあって態度をますます硬化させ、彼が本来持つ保守的傾向を前面に打ち出さざるを得なくなった。このように、彼がロイヤリストとして旗幟を鮮明にしたのは亡命の直前であったが、彼のロイヤリズムの核となる公定教会聖職者としての意識はそれ以前に遡るものであることには留意する必要がある。
内容記述: 論文
Articles
URI: http://hdl.handle.net/2261/51773
ISSN: 13462989
出現カテゴリ:アメリカ太平洋研究
アメリカ太平洋研究

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