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タイトル: Seizing the Novice’s Hand and Pouring Water into His Hands at the Vedic Initiation Ritual
その他のタイトル: 古代インドの入門式における握手儀礼と灌手儀礼
著者: Kajihara, Mieko
著者(別言語): 梶原, 三恵子
発行日: 2014年3月31日
出版者: 東京大学大学院人文社会系研究科・文学部インド哲学仏教学研究室
掲載誌情報: インド哲学仏教学研究. 21, 2014.3, pp. 1-18
抄録: 古代インドの入門式(Upanayana) はヴェーダ聖典を学習するために師に入門する儀礼である.入門の儀礼は古くアタルヴァヴェーダから言及がみられ,ヴェーダ後期のグリヒヤスートラにおいて学派ごとに少しずつ異なる儀軌が詳細に規定されるに至る.本稿はグリヒヤスートラの入門式で行われる「師が入門者の手を握る」「師が自らの手から入門者の手へ水を灌ぐ」という二つの儀礼行為について論じる.前者は元来結婚儀礼から取り入れられたもので,入門儀礼の文脈ではアタルヴァヴェーダ新層からみられる.後者はグリヒヤスートラ段階で初めて入門儀礼に現れ,「手」という要素を介して前者と複雑に結びつく.入門式で師が入門者の手を握る際に用いる祭文には,アタルヴァヴェーダ初出の入門儀礼祭文と,ヤジュルヴェーダ初出の文言を利用して入門式用に作られた祭文の二種類がある.多くのグリヒヤスートラはこの両方を入門式で用いているが,異なる起源の祭文を併用することで,祭式行為と祭文の間にやや不整合をきたしている.手を握る行為に二種類の祭文が用いられた背景には二つの事情があったとみられる.ひとつは,師が入門者の手を握り入門者の受け入れを表明するという,入門式の根幹を成す儀礼行為を際立たせるために,アタルヴァヴェーダの祭文に加えて,より直截的な表現を含むヤジュルヴェーダの祭文が導入されたこと,もうひとつは,「師が入門者の手へ水を灌ぐ」という儀礼行為がグリヒヤスートラ段階で入門儀礼に導入されたことである.入門者の手に水を灌ぐ儀礼行為はグリヒヤスートラより前には遡らず,独自の祭文をもたない.多くのグリヒヤスートラでは,手に水を灌ぐ行為と手を握る行為は一連の動作として行われ,そこにヤジュルヴェーダ由来の手を握る祭文が組み込まれた.これらの事情が複合して,グリヒヤスートラの入門式では,「手」に関わる祭文として,アタルヴァヴェーダ初出のものとヤジュルヴェーダ由来のものの二種がやや重複する形で用いられることとなった.
URI: http://hdl.handle.net/2261/56405
ISSN: 09197907
出現カテゴリ:インド哲学仏教学研究
インド哲学仏教学研究

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