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祝辞(創立10周年記念特集)
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名前 / ファイル | ライセンス | アクション |
---|---|---|
sk011007001.pdf (348.1 kB)
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|
Item type | 紀要論文 / Departmental Bulletin Paper(1) | |||||
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公開日 | 2009-12-24 | |||||
タイトル | ||||||
タイトル | 祝辞(創立10周年記念特集) | |||||
言語 | ||||||
言語 | jpn | |||||
資源タイプ | ||||||
資源 | http://purl.org/coar/resource_type/c_6501 | |||||
タイプ | departmental bulletin paper | |||||
著者 |
茅, 誠司
× 茅, 誠司 |
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著者所属 | ||||||
著者所属 | 東京大学 | |||||
抄録 | ||||||
内容記述タイプ | Abstract | |||||
内容記述 | 私が第1に申し上げたいことは,この生産技術研究所に二つの思い出があることです.その一つは昭和23年のことであったと思う.当時の森戸文部大臣から学術研突会議に対し,科学教育局長を推薦してほしいと依頼があった.この依頼に対し,当時の学術研究会議の副会長であった瀬藤先生によって私が推薦され文部省に行くことになり,9カ月ほど勤務した.その間に問題になったのは,学術会議を作ること,また学術会議と政府との間が円滑にゆくために科学技術行政協議会を作ることであった.科学技術行政協議会の局長の適任者に関し仁科先生と相談したところ,兼重先生のほかに適任者はあるまいということになり,仁科先生と同道で瀬藤先生のもとへ相談にうかがったところ,瀬藤先生に(研究所にとって大切な人であるので)そんなことは問題にならぬとにべもなくことわられた.これが第一の思い出である.第2は,第二工学部が生産技術研究所となるとき,これを担当していたのは文部省科学教育局であり,いろいろな問題があった.航空研究所が理工学研究所となり,第二工学部が生産技術研究所となる,この両者間の相違が理解できなかった.生産技術研究所の目標は言うは易く,行うは難し,ではないかということであった.つまり当時の日本では基礎研究が相当進んでおったにせよそれを生産に反映させるには,大学にはその方面の人がおらず,生産面の協力で初めてできるものではないかというような批評があった.その時,瀬藤先生が千葉で議論しようというので招かれた席上卒直な意見を述べたが,先ほど所長からお活があったように私は失業救済とはいわなかったと思う.生産技術研究所の構想は,工学全般にわたる広い協力によって研究成果を生産の場まで持ってゆくことであると理解Lた.以上のような意味で,この10年間非常な興味をもって生産技術研究所の発展をながめてきた.今日生産技術研究所は,産業界との提携のもとに逐次その成果をあげ,初期の目的が達せられたことを知り感嘆している.最近の科学は,基礎と応用との区分がなくなってきたと思う.私はマグネットの専門家であるが,その発明を振りかえってみると,本多先生がKSマグネットを,三島先生がMKマグネットを,加藤,武井両先生がOPマグネットを発明された.理論からではなく,発明した後で優秀な磁石ができたことがわかった.その後ソ連のフレンケル・ドルフマンが1930年に鉄の超微細粒子を固めると強力なマグネットができるという理論を打ち出した.当時境界エネルギの計算が間違っていたので信用されなかったが,後に1946年,アメリカ,フランス,イギリス等の理論物理学者によってその理論が改良され,それに従って実験的にファインパウダー・マグネットが完成された.理論物理の研究が先行して応用物理,工学,生産へという関係が密接になってきた.これからは基礎的方面から積み上げたピラミッド形でなければ産業は成立しない.この意味において生産技術研究所の構想と一致しており,研究者の努力と産業界からの援助とにより今日にいたったものと私は考える.10周年を迎えるに当り産業界のご協力に深く感謝すると共に,今日まで失業救済の研究所であるという非難を甘んじて受けながら十年間を努力されてきたことに対し敬意を表したい. | |||||
書誌情報 |
生産研究 巻 11, 号 7, p. 257-257, 発行日 1959-07-01 |
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ISSN | ||||||
収録物識別子タイプ | ISSN | |||||
収録物識別子 | 0037105X | |||||
書誌レコードID | ||||||
収録物識別子タイプ | NCID | |||||
収録物識別子 | AN00127075 | |||||
フォーマット | ||||||
内容記述タイプ | Other | |||||
内容記述 | application/pdf | |||||
日本十進分類法 | ||||||
主題 | 500 | |||||
主題Scheme | NDC | |||||
出版者 | ||||||
出版者 | 東京大学生産技術研究所 | |||||
出版者別名 | ||||||
Institute of Industrial Science. University of Tokyo |