2024-03-29T06:47:56Z
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oai:repository.dl.itc.u-tokyo.ac.jp:00004311
2022-12-19T03:46:05Z
27:28:370
9:233:280
盗み寄生者チリイソウロウグモの宿主適応に基づく形質分化機構の解明
馬場, 友希
9823
485.73
University of Tokyo (東京大学)
博士(農学)
寄生生活を営む生物はウイルスから脊椎動物に至るまで様々な分類群でみられ、その種数は全生物の半数以上を占めると言われている。こうした多様性は、宿主に対する生態的な特殊化や宿主との相互作用を通した共進化により形成されたと考えられ、その仕組みを明らかにすることは生物多様性の創出機構の理解に大きく貢献する。本研究ではその数多い宿主―寄生者系の中でもとりわけユニークな宿主適応をみせるイソウロウグモ類の形質分化の機構に注目した。イソウロウグモは他の造網性クモの網に侵入して餌を盗んで生活するグループであり、餌盗み行動や外部形態、生活史形質が著しく分化している。イソウロウグモは餌と棲み場所を宿主の網に依存していることから、物理的構造物としての網が選択圧の担い手として重要な役割を果たしている可能性がある。その仕組みとして、宿主の網構造はイソウロウグモの採餌環境を改変し、それが餌盗みに関わる様々な形質にかかる選択圧を改変すると考えられる。本研究では、チリイソウロウグモ(Argyrodes kumadai)という地域によって異なる宿主を利用する種の個体群比較を通して宿主適応に伴う形質分化の仕組みを明らかにする。2章では、個体群比較により、宿主による採餌環境の改変効果を明らかにし、その変化が採餌に関わる形質の遺伝的分化をもたらす可能性を明らかにした。まず宿主によるチリイソウロウグモの採餌環境の改変効果を明らかにするため、宿主利用の異なる奄美大島と房総半島で宿主の形質とチリイソウロウグモの採餌行動の違いを明らかにした。その結果、スズミグモとクサグモの間では網構造と採餌行動に様々な違いがみられた。チリイソウロウグモも個体群間で採餌行動が大きく異なった。すなわちスズミグモ利用個体群は宿主が捕獲した餌を盗めるのに対して、クサグモ利用個体群は宿主から無視された餌しか盗めなかった。これに伴い、チリイソウロウグモの餌獲得量も大きく異なり、スズミグモ利用個体群の方がクサグモ利用個体群よりも餌獲得量が多かった。この餌獲得量の違いは宿主網内における隠れ家の有無が採餌行動に影響を与えた結果だと解釈された。クサグモの網内の隠れ家の存在は、チリイソウロウグモが宿主から直接餌を盗むことを困難にするからである。宿主の網形質および採餌行動を介した採餌環境の変化は、チリイソウロウグモの採餌形質にかかる選択圧を改変し、形質の分化を招く可能性がある。この可能性を明らかにするため、餌捕獲能力に重要な役割を果たすと考えられる相対脚長(体サイズの効果を除去した脚長)の地理的変異を明らかにした。その結果、相対脚長は、不連続的な変異と連続的な変異が組み合わさった不規則な地理的変異を示した。この地理的変異の一部は気候適応に伴う生活史の違いにより生じていると考えられるが、宿主利用の違いも関与していることが推測された。この脚長の変異は室内飼育実験により遺伝的基盤を持っていることが明らかになった。イソウロウグモ類の起源は熱帯であることから、チリイソウロウグモは北への分布拡大に伴い、スズミグモからクサグモへと宿主利用が変化したと推測された。そのため、宿主変化に伴いチリイソウロウグモの相対脚長が短小化したものと解釈された。3章では相対脚長の短小化の適応的意義を明らかにするための実験とシミュレーションを行った。脚の短小化はクサグモの網構造を歩行するための形態的適応だと考えられる。その理由は以下の通りである。まずクサグモの網では宿主から餌を直接盗めないため、宿主よりも早く餌に到着できるよう歩行速度に強い選択がかかる可能性がある。生物機械学的な観点から、短い脚は小回りの利く動きが可能であることから、糸密度が高いクサグモの網を歩行するのに適している可能性が考えられる。これを検証するため、宿主利用の異なる奄美大島個体群(スズミグモ利用個体群)と房総半島個体群(クサグモ利用個体群)の個体を用いて、宿主の網の糸密度を反映した網に各個体群のクモを導入し、歩行速度を比較した。またその適応的意義を明らかにするため、クサグモの網における歩行速度の違いが餌盗み成功に及ぼす影響をシミュレーションにより明らかにした。室内実験を行った結果、糸密度が低い網では両個体群の歩行速度に違いがみられなかったが、複雑な網においては違いがみられた。すなわち、奄美大島個体群の歩行速度が著しく減少したのに対して、房総半島の個体群は歩行速度を維持できることが明らかにされた。またシミュレーションの結果、クサグモ網内における歩行速度の上昇は餌盗み成功を高めることがわかった。これらの結果は上記の仮説を支持するものであった。4章では、チリイソウロウグモの宿主利用の変異とそれに伴う形質変異が生じた地史的な背景を明らかにするため、分子マーカーを用いて個体群間の系統関係を明らかにした。その結果、計31個のハプロタイプが見つかり、2つのメジャーなクレードと1つのマイナーなクレードに分かれることが明らかにされた。このメジャーな2つのクレードの地理的な分布は宿主利用とほぼ一致しているため、宿主利用の異なる個体群間では遺伝的に分化していると考えられた。一方、系統解析の結果、クレード間の関係を決定する枝の信頼性が低かった。そのため、どちらの個体群がより祖先的であるかは明らかにできなかった。5章の総合考察では、イソウロウグモ類における宿主適応プロセスについて考察した。その結果いくつかの興味深い特徴が推測された。まずイソウロウグモ類の餌獲得は、餌の探索や餌のアクセス、餌の運搬など複数のプロセスを介している点である。各餌盗みのプロセスにおけるパフォーマンスは行動や形態、生理的な複数の形質が関わっており、これらは直接的、あるいは間接的に宿主の網形質の影響を受ける。そのため、網の物理的構造に対する適応の結果、複数の形質が同時に進化する可能性が考えられる。もう1つの特徴は、宿主の網形質が直接的な選択圧として働くだけでなく、チリイソウロウグモを取り巻く採餌環境や物理環境そのものを改変する点である。これは、おそらく各餌盗みプロセスの相対的な重要性や生態的なトレードオフの関係性も変えるため、寄生者側の形質の進化の方向性を先見的に予測することを困難にすると考えられる。こうした複数の餌獲得プロセスと宿主の網形質に基づく複雑な影響を介した宿主適応の仕組みは、従来の宿主―寄生者系では知られていない。本研究はイソウロウグモ類というユニークな盗み寄生者の宿主適応のプロセスの一端を明らかにしたものであり、今後イソウロウグモ類の宿主適応の仕組みを体系的に理解するための布石となるであろう。
thesis
2008-03-24
2008-03-24
application/pdf
甲23615
https://repository.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/record/4311/files/K-123615.pdf
jpn